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zoom RSS 2015年10月24日  「教育は何をなすべきか」九条の会・まつざわ 憲法学習会 報告

<<   作成日時 : 2015/10/30 17:41   >>

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「教育は何をなすべきか」 広田照幸さん(日本大学教授)

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広田さんは講師として2009、2012年に続いて今回が3回目となる。チラシに書いた、今わたしたちが抱える6つの問題<学問の自由、教育を受ける権利、教科書問題、歴史認識、道徳教育、改正公職選挙法選挙権年齢18歳以上>に対して、広田さんは、それぞれが重たいテーマであり、学習会6回分が必要だ。2010年には「学校教育法」を取り上げたので、今回は「教育基本法」から始めて「知性を持った市民をどう育てるか」の観点でこの6つをまとめて考えていく、として話を切り出した。

ヒトの考えを一色に染める教育は憲法違反
@ 憲法23条「学問の自由は、これを保証する
26条「教育を受ける権利」と「保護する子女に教育を受けさせる義務」
19条「思想及び良心の自由」 21条「集会、結社および言論、出版その他一切の
表現の自由」「検閲の禁止」「通信の秘密の不可侵」
A 19条や21条の中味を保障するものこそ、公教育である。「道徳の教科化」「政府見解を基準とする教科書検定」、「国公立大学の人文系学部の廃止案」などは、知性を働かさない・物事を狭い視点でしか見ない国民を作る流れの上にあり、19条・21条にとって深刻な問題である。
B 一昨年12月の「機密保護法」強行採決以来、今年7月の「沖縄の新聞に広告を出させるな…」へと続く、安倍内閣のもとでの憲法への挑戦の流れが改めて認識される。
C 国民が狭い価値観や社会認識に陥らないために必要なのは、教育によって知性を磨くこと。誰もが賢く、
社会に関心を持つための教育が必要な時代になっている。

「平和で民主的な国家及び社会の形成者の育成」
D この言葉は教育基本法第1条に「教育の目的」として書かれている。
E 教育基本法第2条には「学問の自由を尊重しつつ」「自国を愛するとともに他国を尊重」することでDの目的を達成すると書かれている。「学問の自由」は大学だけの問題ではないのである。
F 安倍政権は「愛国」だけを強調して「他国尊重」を無視。(だから慰安婦問題が解決しない)

知性を磨かない教育はたくさんある
G 知育よりも徳育・体育に重きを置く「反知性主義」の流れが、明治維新以来今日まで続いている。
H この流れは明治10年代の元田永孚に始まり、森有礼へ受け継がれ、実利主義・進学主義となる。その結果、帝大合格のみが目的となり、大正時代にはすでに「試験地獄」が生まれた。
I 反知性主義の克服の道として「勝田守一の学力モデル・認識能力の重視」があるが、難しい。
J 「教育の市場化」「細かな現場統制」「教員養成の非知性化」が反知性主義を促進している。
K 知育回復の試みは「ゆとり教育」「生きる力」「学校居場所論」等、失敗の連続となっている。
L 知育重視の教育を可能とする条件は「教員を知性的存在として処遇する」「教育現場での自律裁量を確保する」「実用主義を見直す(教育目標の優先順位と相互関係の問題)」がある。
M 教育の戦争責任は「おかみ」の言うことだけを聴く、批判力のない人間をつくったことである。

しかし、今の時代は「悪くなるばかり」ではない
N 2007年の改訂学校教育法30条には「課題を解決するために必要な思考力、判断力、表現力その他の能力をはぐくみ、主体的に学習に取り組む態度を養う」とあり、知性重視への転換である。
O 2014年の「初等中等教育分科会高等学校教育部会審議まとめ」には「自立し、社会に参画・貢献していく人材の育成を推進していく」とあり、「市民性」の内容を具体的に上げている。
P 質問(春木さん)で生々しく語られたように、教育現場で教師への締め付けがますます過酷となっている。しかし「悪法に縛られて何もできない」と被害者的に閉じこもらずに、NOに見るように教室で知性ある人間に向けた教育の可能性も新たに出てきている。
Q 悪法が議会を通過してしまっても、反対した側が絶望する必要は全くない。
R 社会や政治に「完全に正しいもの」はない。「よりマシ」と「よりダメ」がある。(内野明和)

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